軽探団 宇都宮線で探る

早起きして宇都宮線に乗って出かけました

青春18きっぷ 2012春03

向かった先は古河市。古河駅から徒歩5分、古い蔵が残る本町にある今城商店跡です。かつては取り壊しの危機にありました。晴れて再生工事中ですが震災で建物に被害が出たようです。
今城商店011

更に宇都宮へ移動。レンタカーを借りてN川S流鉄道を見に行きました。途中で雪も降ったり…。結構走りましたが…、「立入禁止 撮影禁止」の看板に探索意欲をそがれて写真ナシです。中では軌道工事をしています。いずれは公開するのでしょうか?
no image white

この後、別件の用事を済ますと夕方になってしまい、残念ながら本日はココまででした。

WEB軽探団 柿谷鉱山を探る

城下町の外れに残る陶石鉱山「柿谷鉱山」(休山中)を公開しました。

柿谷鉱山

WEB軽探団 日本陶料㈱柿谷鉱山

本探団 RM最新号(№344)を探る

2012.03.18 21日発売の今月号が早くも届いていました

特集は国鉄&JR型のようですが…、
RM344 2012.05

今月のトロッコ、軽便関連記事は…
■茂原市郷土資料館 1999.11.01 p41
■夷隅軌道跡 2012.02.25 p41
■中央環状品川線工事軌道 2012.02.09 p77-82
■黒部峡谷鉄道 p115
■足尾歴史館 p151

名物コーナー、トワイライトゾ~ンはスペシャルで中央環状品川線(首都高速)工事軌道を6ページに渡っての特集です。残念ながら掘削工事は既に終了。資材輸送で活躍中ですが、撤去の日も近いようです。

トロッコ度 ★★★☆☆(3)

2012.03.21発売 1200円

軽探団 御殿場線方面を探る

予定外の時間ができました。時刻は午前9時半。夕方17時までに帰宅が条件です。さて、何処に行こうか?探索時間を3時間とすると片道2時間圏内です。

青春18きっぷ 2012春02

以前から気になっていた駿河小山の富士紡績のトロッコ跡探索に決めました。まずは東海道線に乗って西へ…。で、乗った直後に気づきました、「時刻表忘れた!」行き当たりばったりなので御殿場線の接続が分かりません。仕方ない、とりあえず国府津まで行ってみるか…。国府津の手前で車内放送が入りました。「御殿場線は11:24、沼津行き…」って、今、10:35、50分待ち?電車から降りると向こう側のホームから東海道線の上り電車が発車寸前でした。時間の有効利用です、迷わず乗って二宮まで戻って湘南軌道の二宮駅跡を見に行きました。JRの駅近くに案内板があって近くに本社社屋が残っていました。
軽便鉄道 二宮駅跡

駿河小山に着いたのは12時頃でした。時刻表で帰りの電車の時刻を確認。12:39、13:49、14:29・・・。適当に歩いてどれかに乗ればいいか…。駅を出た途端に雨が降り出しましただんだん強くなってきます。近くのコンビニでビニ傘を購入。トロッコ軌道があった道を行ける所まで行ってみましょう。軌道終点部近くに鉄橋がありました。国の有形文化財に指定されている「森村橋」です。現在は通行禁止で渡れませんが保存されています。袂に説明板があります。それによれば1968年までトロッコ軌道が橋の中央を通っていたそうです。
富士紡績トロッコ跡001

工場から出た軌道は橋を渡ると御殿場線にぶつかり、左へカーブして御殿場線と並行して小山駅方面へ向かいますが、軌道跡は完全舗装されて痕跡はありません。
富士紡績トロッコ跡002

富士紡績トロッコ跡003

小山駅へ向かう軌道(右)と工場へ向かう軌道(左)の分岐点。
富士紡績トロッコ跡004

上の写真の逆向き。
富士紡績トロッコ跡005

以前からマニアの間では枕木跡ではないかと噂される軌道跡に現われたデコボコ。果たして真実は如何に?
富士紡績トロッコ跡006

工場へ向かう軌道跡。カーブミラーあたりで画面右方向へ急カーブして工場に入っていました。以前はアスファルトのひび割れからレールが見えていましたが確認できませんでした。撤去されたか?それとも今でもアスファルトの下に?
富士紡績トロッコ跡007

駿河小山駅構内に残る軌道用ガーター。
富士紡績トロッコ跡008

ホームから見ると分かりづらいが、ガードレールの向こう側の細い手すり部が軌道跡。残念ながら橋以外にこれと言った物証がありませんでした。
富士紡績トロッコ跡009

電車の時間まで約50分あります。昼時ですので飯にしましょう。軌道跡の道路沿いにあった食堂へ入りました。食堂の外見はイマイチでしたが、味は良かったです。食後、近くの「ふじみセンターゆったり湯」で一浴と思って向かうと…、何と廃業!仕方なく早目に駅に戻り山北へ向かいました。
昼食

山北のネタは期待薄です。駅前にある洋品店NAITOHは以前、中山商店という駅弁屋で店から御殿場線のホームまで弁当をトロッコで運んでいたというのです。建替えの際、敷地からレールが出たそうですが…。当然、軌道は既にありませんが現場確認だけ…。
中川商店跡

中川商店跡は特に収穫なしでしたが、駅前には「ポッポ駅前屋」という定食屋?があります。看板には「食事・休憩・お土産・鉄道模型」の文字が書いてあって怪しさ大爆発です時間があれば寄るところですが、昼食も食べたばかりで…。次回は立寄りましょう。
ポッポ駅前屋

国府津から東海道に乗り換えて帰路に。時計を確認すると30分くらい余裕がありそうです。そこで茅ヶ崎で下車して、先日、藤沢で発見した日本製麦茅ヶ崎工場の跡地を探索してみました。工場跡の一部はレストランとして再利用されていて工場の機械なども展示されていましたが、やはりトロッコ系は皆無。しかしレストランとして残っている建屋はかつてトロッコ軌道が入っていた建屋では?次回はココも「寄り」ですね
日本製麦茅ヶ崎工場

茅ヶ崎から東海道線で横浜へ。時刻表なしで予定の17時頃無事に帰宅できました。

WEB軽探団 日本鋳造㈱を探る

2012.03.17 ワケありトロッコにて『日本鋳造㈱』(神奈川県川崎市)を公開しました。

以前、テレビの番組(アド街だったか?)で背景の足元に台車らしきものが一瞬映ったので航空写真で探索。工場内に軌道と黄色い台車を確認しました。

WEB軽探団 全国ワケありトロッコ

軽探団 いわき・常陸を探る

今日は鉄マニアには忙しい日でした

秋に購入した時刻表も今日でお別れです。各地で引退車輌があったのでニュースでもだいぶ取上げられていました。
時刻表2011.11

というわけで、青春18きっぷの季節と相まってお出掛けです。
青春18キップ 2012春-01

常磐線でいわきを目指しましたが、京浜東北線が途中、緊急信号受信で数分停止し、予定していた常磐線に乗ることができず、出だしから約1時間押しになりました。日立を過ぎてクロスシートが確保できたので軽く朝食です。
朝食

いわき駅から歩いて現地へ向かいます。約10分の道程です。震災前にめぼしをつけておいたのですが、確証がなく今回の訪問で確認作業をすることにしました。で、現地の商店の扉を開けて店員さんに訊ねると…、何とここにはトロッコが無いと言うのです。ほぼ間違いないと踏んで踏み込みましたが、そう言われては仕方ありません。店の横のシャッターから奥に延びた通路はかなり怪しい雰囲気なのですが…。ガックシ肩を踵まで落として駅前まで戻りました。今日のネタは3本立てですが、いきなり大スカ!早朝の緊急信号といいリズム悪すぎです。このままいわきを後にするのも何なんで、駅前の図書館に寄って地元の鉱山鉄道に詳しい、おやけこういち氏の「常磐地方の鉱山鉄道」を閲覧と路線地図の複写を取って電車に乗りました。

次なるネタは…、ゆもとの観光マップに記載されている湯本駅近くの謎の記号です。地図上部の軌道のような印し…、ね、怪しいでしょ?湯本駅から歩いて5分足らず、クネっと曲がった道は急な階段でした。息を切らしながら階段を上がると…、
謎の記号

お~~~い、何もないやんか!こりゃまた大スカ!!元々あまりトロッコの期待はしていなかったのですが、モノレールやスロープカーか?くらいの期待はあったんですがね
八坂神社

何だかどうでも良くなってきましたが早くも最後の目的地、いわき市石炭化石館へ向かいました。展示内容がほぼ分かっているのでワクワク感はありませんが、ここが無ければ完全スカですので、今日一日無駄足にならないよう気合いを入れて見学です。JAF割引で若干安く入場できました。まずは化石ゾーンですが余り興味が無いので早足です。(展示物は結構凄いですよ)石炭ゾーンからゆっくり。一旦館外に出て常磐炭礦第六坑人車斜坑を見に行きます。坑口に人車が展示してありましたが、修復作業中です。やはり今日はリズムが悪いのか?館内に戻り模擬坑道を歩きます。順路に沿って進むと木製鉱車と鋼製鉱車がありました。屋外にもDL、BL、鉱車が展示してあります。
いわき市石炭化石館

常磐炭田は大規模な炭鉱群でしたが、残っている車輌は少ないのが残念です。今日のトロ巡りは終了。折角なので湯本で温泉に浸かってから帰りましょう。まずは地味な共同浴場「上の湯」へ行ってみましたが開湯は15時から。現在13時少し前。他には、さはこ湯、みゆき湯、東湯がありますが、みゆき湯は前回入浴済み、東湯は現地へ行ってみると撤去、結局、湯本で一番有名なさはこ湯に入浴です。入浴料220円、ほのかに硫黄臭が漂ういいお湯でした。
さはこ湯

浴後、空腹感を覚えながら駅に向かって歩きます。寂れた商店街が続きます。駅近くになってようやく活気が出てきました。きれいな通りをぷらぷら歩くとラーメンチェーンのどさん子の看板が。最近、あまり見かけなくなって懐かしさを感じつい入店。定番のみそラーメンを注文しました。今でこそ色々なラーメンが食べられるようになりましたが、子供の頃、初めて食べたみそラーメンの衝撃的な味を思い出しました。
昼食

他にも寄りたい場所はたくさんあるのですが、時間がありません。湯本から水戸行きの電車に乗り、ウトウトしながら勝田で始発の上野行きに乗り換え一気の帰宅です。水戸駅の端れに変な物体が…。
水戸

本日の成果は3打数1安打ですが、スカ探団って気分での帰宅でした

ネタ探団 写真集『昭和の横浜』を探る

地元の図書館にて

先日から花粉症の症状が出始めたので本日、耳鼻科に行ってみましたが、待ち時間が1時間半くらいあったので、診療所を抜け出して近くの図書館で時間をつぶしました。図書館でまず確認するのは郷土資料のコーナーです。地元の会社案内や社史、工場内の写真や図、昔の工事風景など意外とトロッコ系ネタが出てきます。

目にとまったのは『写真集 昭和の横浜』という写真集でした。ペラペラとページをめくると横浜の古いモノクロ写真がたくさん掲載されています。文章がほとんどありませんので楽です。一気に見終わってしましましたが、気になる写真が2枚。貸出し禁止図書でしたのでコピー機で複写して持ち帰りました。で、一枚目がこれ。
野毛山遊園地
[1960年4月17日 広報課写真資料]

野毛山遊園地の豆電車だそうです。機関車の全体像がよく判りませんが何となくカッコいい感じです。路面電車のようにビューゲルを載せてますが、安全面を考慮してか高めの所に架線が張ってあります。説明文によれば、1951年9月9日に「お猿の電車」としてスタートしたとありますが、この写真に猿の姿は見えません。向ヶ丘遊園もそうでしたが、昔の遊園地は意外と本格的な鉄道遊具が存在したようですね。

もう一枚はこちら。
横浜船渠造船台
[1929年6月9日 横浜船渠株式会社写真帖]

現在のみなとみらい地区にあった横浜船渠造船台という施設のようです。縦横無尽に敷設された線路が印象的ですが、写真の右下にある小さめのクレーンの足元には線路幅が狭いトロッコ軌道と思われる線路が2本あります。トロッコは見当たりませんが軌間はメインの2/3から1/2くらいに見えます。

『写真集 昭和の横浜』 横浜市史資料室 2009.06.02発行 本体価格1905円

ネタ探団 田浦を探る

先日、京急川崎駅に置いてあった沿線の散歩案内のパンフレットを何種類か家に持って帰って開いてみると…、
京急のパンフレット 田浦

田浦の案内の中に面白いのを発見しました。
海軍施設の配置図

何とWEB軽探団でも取り上げている、ガントリークレーンと急カーブが特徴の軌道跡、長浦港の旧海軍工廠造兵部の昭和20年当時の施設配置図が載っているのです。その図には建物と軌道の位置がハッキリと!(スキャンすると少し見づらいので軌道を赤く塗りました)残存する護岸沿いの他にも軌道があったことが良くわかります。残念ながら当時の建物は大部分が取り壊されて軌道も撤去されてしまいましたが、残存する分岐部の先がどうなっていたのかが分かります。また道路を挟んで西側の現在東芝系の施設になっている部分まで軌道が延びていたことも…。まあ、京急のパンフレットに掲載されるほどですから地元の図書館あたりを探ってみると手掛かりが見つかるかもしれませんね。

その他に相模運輸倉庫の引込線跡の記述もありました。一般向けの散歩案内にしてはマニアック!
田浦の引込線01

田浦の引込線02

尚、旧海軍工廠造兵部の説明は…、
「船越町の東芝ライテック㈱横須賀工場周辺は、明治19年(1886)から昭和20年(1945)まで旧海軍工廠造兵部が置かれ、昭和10年代には3万人を超える職工が働いていました。現在の工場の敷地内には、明治19年に造られたれんが造りの旧鍛錬工場事務所をはじめ、大正2年(1913)に竣工し、関東大震災でも崩壊しなかった旧造兵部本館、機銃工場(1934)、発電工場(1929)など、旧海軍の建物が数多く残され、現在も利用されています。敷地内に入ることはできませんが、道沿いから見ることができます。工場の壁に沿って長浦港への道を進むと、旧機械工場などの建物と大正12年(1923)の関東大震災前に作られたとされるガントリークレーンが見えます。」

旧海軍施設の軌道についての記述はありませんが、軌道の配線を見ればタダならぬ軌道であることは明白です。一体どんな車輌たちが行き来していたのか?興味は尽きませんね。

暇探団 三陸鉄道を探る

ガンバレ三鉄
20120311スポニチ
2012.03.11スポニチより

WEB軽探団 岩手の粘土鉱山を探る

2012.03.11 震災から1年が経ちました。

 1年前、地震発生時は仕事中でした。波長の長い不気味な揺れは大きな波のようでした。今日、同じ仕事場で1年を迎えました。あの日がつい最近のようでもあり、遠い昔の出来事のようでもあり…。不思議な感覚です。3月10日現在で死者1万5854人、行方不明者3155人(警察庁まとめ)だそうです。地震発生時の14時46分、黙祷を捧げました。黙祷している間、意外と頭の中は空っぽで何も思い浮かびませんでした。帰宅するとテレビは地震の特別番組ばかりですが、亡くなった方やご遺族の話しはまだ直視できない場面もあって、熱心には見る事ができません。気持ちが現実から逃げているようです。

 日本粘土鉱業岩手鉱業所を公開しました。

名目入(なめいり)と言えば判りますね。盛岡からバスで約2時間。辺鄙な山里の粘土鉱山で働く508mm軌道を探ります。
日本粘土鉱業岩手鉱業所

WEB軽探団 日本粘土鉱業岩手鉱業所

暇探団 復興を探る

被災地のいち早い復興を望んではいますが、本当にBRTがベストなのでしょうか?
読売新聞 2012.03.07
見やすくする為、実際の記事とはレイアウトが異なります

鉄道と比較すれば低コスト短時間での復旧が可能でしょう。またJRにしてみれば採算が摂れない鉄道に多額の費用をかけるのも会社としてはマイナスです。

三陸地域は古くから陸の孤島でした。そこに鉄道を敷設するのは地元の悲願でした。その意思は国鉄、JRが諦めた鉄路を三陸鉄道という第三セクターという形で実現させたことに表れてます。鉄道を繋げることは精神的な孤立感を緩和することになると思うのですが…。首都圏から東北地方の鉄道を大きく迂回しながらも被災地にいち早く石油を届けたのも鉄道だったハズです。

地元住民の公共交通の確保が急務であるのは間違いありません。しかし…。安易な決断が後々後悔の対象にならなけらばいいと思います。

地図探団 中野島付近を探る

JR南武線中野島付近の古い地形図の写しと、ほぼ同じ図幅をヤフーマップで印刷したものです。

古い地形図は「昭30応修」と記されています。「昭和30年に応急的に修正した」といういみでしょうか?中野島駅近くから多摩川の河川敷に向けて軌道があります。一見、南武線の途中から枝分かれしているように見えますが、南武線の支線ではありません。軌道の始点は旧中野島駅があった場所で、軌道は砂利採取のトロッコ軌道と推測されます。
中野島付近の地図 1955応修

中野島付近の地図 Yahoo2012.03.09印刷
Yahoo地図から転載

1990年代前半に多摩川のサイクリングロードを走ったことがあります。その当時、古い地形図でトロッコ軌道が土手を越えるところの道路の南側には土建業者の建材置場があってダンプカーなどが停まっていました。今ではマンションになってしまっているようですが、恐らくトロッコ軌道に関連する会社のだったのではないでしょうか?

現在の地図と古い地形図を単純に重ね合わせると小田急線、世田谷通り(多摩川水道橋)、府中街道(地図左下の斜めの道路)、中野島駅はほぼ合いますが多摩川の土手の曲線、南武線の曲がり具合が微妙にズレてしまいます。トロッコ軌道もカリタス学園の中を通ってしまいますが、カリタスの南側に沿った道路と古い地形図での水路の形状が酷似しているため、現在の道路は水路の位置に造られたのではないか?と推測し、修正を加え、旧中野島駅西側の踏切と合わせると軌道はカリタスの西側を通る形になりました。

10年~20年前頃は旧中野島駅とカリタス学園の間は畑と空き地が広がっていましたが、現在では住宅が多くなりました。で、地図では軌道跡がハッキリしませんが、航空写真に切替えてみると何となく旧中野島駅から元建材置場のマンションまで軌道と同じような曲線を描いているように見えるのは気のせいでしょうか?

この軌道に関しては全く資料がありません。一体どんな軌道だったのでしょうか?引続き調査が必要です。

尚、狛江高校の北側には砂利穴と思われる記載があります。狛江高校のある所に砂利が積まれていたのは間違いなさそうですが、軌道については無さそうに感じますね。

軽探団 湘南を探る

2012.03.03 間もなく発売終了になるホリデーパスを使って家庭サービスもせずに探索に出ました。陽気のせいか花粉症の症状が出て鼻がムズムズ。

ホリデーパス

まずは横浜から横須賀線に乗って鎌倉へ。ご存知の三河屋さんです。いつものように八幡宮へ向かって歩きます。いい陽気でしたが思った程の人出がなく順調に三河屋さんへ。店の横をチョット覗くと何と今日は柵がありませんお店で写真撮影のお願いをして奥に停まっている台車をパチリその後は三河屋さんの少し先の「紅谷」でカミさんの好物「クルミッ子」を土産に買って家庭サービス分の穴埋めです
三河屋

鎌倉から久しぶりに江ノ電に乗って藤沢へ。先日、当ブログのコメントで情報を戴いた藤沢の街角軌道を探しに行きます。さ~て見つかるでしょうかしかし、こういう時の嗅覚が弱いのが私の欠点です。花粉症の影響?もあって鼻が利きません白幡交差点を東西南北行ったり来たり…。お陰で藤沢宿の建物探訪も出来た楽しさもありましたが…。
藤沢宿

再開発が進んでるので、「無くなってしまったかな~~」と諦めかけたその足元に…、お~~閉じたシャッターの下にチョロっとレールがとりあえず正面からカメラに収めて、横の駐車場から背伸びすると中が見えましたが、ここは正攻法で取材申込みです。シャッター横のガラス扉の呼鈴を押すとご婦人が…。(この方が社長婦人か?)トロッコの線路の写真撮影のお願いをすると、「えっ、トロッコ?そんなのがあるんですか?」って、おいおい…。「ちょっと待って下さいね、奥さんに聞いて来ます」って、家政婦さん?少しすると戻って来てOKを頂き、横の扉から線路のある通路へ通して頂きました。
藤沢の街角軌道

ガラス扉の中の壁に額が飾ってありました。その中に気になる一枚が…。「日本製麥茅ヶ崎工場」と書いてあります。(「麥」の字が分からず帰宅後調べると「麦」でした)何故こんな絵が飾ってあるのでしょうか?家の方にお話しが聞けず、軌道の詳細は分かりませんが、ここは穀物系の会社だったのでしょうか?
日本製麦茅ヶ崎工場

写真ではなく絵でしたが、工場の中を良く見ると…、トロッコらしき線路、転車台が描かれてます。いいものを見せて頂きました。有難う御座います。
日本製麦茅ヶ崎工場拡大

何だか気分も良くなって花粉症などすっかり忘れてます小田急の藤沢本町から藤沢へ行き、東海道、相模線と乗り継いで寒川へ移動しました。寒川駅からテクテクと西寒川駅跡へ歩いてみます。途中から線路跡が緑道になって一部線路も残っています。約20分で終点の西寒川駅跡の八角公園に着きましたが、ここにあったトロッコのオブジェは無くなっていました。更に近くの相模川の河川敷まで行ってみましたが砂利トロなどの面影は全く残っていませんでした。陽が傾いて肌寒くなってきたせいか?再び鼻水が…。怪しげなポイントだけ押さえて同じ道を戻って相模線に乗ります。
西寒川駅跡

本日のトロ巡りはこれくらいにして帰路につきます。海老名から小田急で町田、横浜線で長津田へ。駅近くの銭湯「泉湯」で一浴。小さな普通の銭湯でしたが井戸水のようです。湯船の黒ずみ具合がかなり怪しげ。最後に体もあったまって気分も良好です。
長津田 泉湯

駅に戻る途中には最近見かけなくなった火の見櫓も!長津田はチョット懐かしい雰囲気の町並みでした。
長津田の火の見櫓

本日の成果は3打数2安打。藤沢の街角軌道は未知のトロッコでしたので数以上の収穫です。まさか藤沢の街にこんな軌道跡が残っているなんて…。これだからトロッコ巡りはやめられませんね。最後に情報を下さった関鉄RFC会長様、有難う御座いました。

WEB軽探団 ステーキハウスペコペコ越谷店を探る

国道沿いの放置ロコ「ステーキハウスペコペコ越谷店」(埼玉県)を公開しました。

LDK56

台湾からやって来た日本製野晒しロコの行く末は?

WEB軽探団 ステーキハウスペコペコ越谷店
プロフィール

情報家S藤

Author:情報家S藤
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

軽探団メンバー
写真右から
団長
情報家S藤
Tちゃん
団員H君

神奈川県出身?

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

E-mail

keitandan@live.jp

軽探団団員心得
●その1
 「ゲリラトロッコ探索ごっこ軍団」は長いので『軽探団』と略す。間違っても『ゲリ便団』と言ってはならない。
●その2
 乗れるトロッコにはとりあえず乗る。
●その3
 軽探団は常に新しいトロッコ情報の収集に努める。
●その4
 レポートは軽探団の個人的な好みを基本にする。
●その5
 広軌や標準軌を無視してはいけない。
●その6
 無断立入禁止の所では、「ごめん下さい、どなたですか?軽探団がやって参りました、まあ遠いとこ良く来たねえ…お入りください、ありがとう」と断ってから入る。
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WEB軽探団(今年のUP履歴)
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インフォメーション
当ブログ及びWEB軽探団は鉄道系、トロッコ系サイトに限りリンクOKです。(連絡不要)

《2016.07.03》
●WEB軽探団写真帖ページを更新しました。
●WEB軽探団下記本文を更新しました。
 22横山川産業
 22鎌田屋商店

《2016.01.01》
●WEB軽探団トップページの写真を更新しました。

《2015.01.01》
●WEB軽探団トップページの写真を更新しました。
●WEB軽探団に図書室を開設しました。(作業中)

《2014.09.19》
●軽探団団員心得を少し修正しました。

《2014.07.01》
●ブログ全ページの文字を大きくしました。

《2013.09.10》
●リンクの追加
「つねぴょんの"撮り鉄人生"」、
「青春コレクション~つねぴょんの撮り鉄人生~」さんと相互リンクさせて頂きました。

《2012.12.28》
●リンクの追加
「Rottem's Website」さんと相互リンクさせて頂きました。

《2012.10.27》
●リンクの追加
「歩鉄の達人」さんと相互リンクさせて頂きました。

《2012.09.21》
●トップページの表示件数を10件に増やしました。古くならないように頑張って更新します。

《2012.04.26》
●WEB軽探団にて資料室を開設いたしました。
トロッコや軽便鉄道に関する資料を順次アップしていきますのでご利用下さい。
主にPDFにて保存してありますが、サイズがやや大きいものがあります。
WEB軽探団のトップページから入室して下さい。

《2012.01.03》
●リンクの追加
団長の昔のHP「木曽森林鉄道」の仮復刻版をリンクしました。
私の後姿も写ってます。ヨロシク!

《2011.10.25》
●WEB軽探団INDEXの表示変更
特派員情報の内容を表示しました。

《2011.09.12》
●WEB軽探団の整理完了
北寺尾パーキング(神奈川県)、
杤原地区治山工事モノレール(兵庫県)、
榎山炭鉱(山口県)を全国小ネタ集に編入しました。

各タイトルに「探」の文字を挿入しました。

目次をマイナーチェンジしました。

《2011.09.09》
●ブログのカテゴリの再編、整理が終了しました。

《2011.09.05》
●WEB軽探団、BLG軽探団の整理をします
・今月いっぱい、タイトル、カテゴリなどが変更になる場合があります。ご了承下さい。(記事を変更する予定はありません)

《2011.07.20》
●WEB軽探団のトップページを若干変更しました

《2011.01.07》
●「レイルエンヂニアリング」さんと相互リンクさせて頂きました。