真夏の前橋市中央児童遊園を探る by情報家S藤

ちょっとそそられる遊具列車ですね。

10前橋市中央児童遊園20170817産経新聞01
10前橋市中央児童遊園20170817産経新聞02
10前橋市中央児童遊園20170817産経新聞03
(産経新聞 2017.08.17)

前橋市中央児童遊園(るなぱあく)
群馬県前橋市大手町3-16-3

tag : 遊覧鉄道

戦時中の福岡モリブデン鉱山を探る by情報家S藤

今日、仕事場の書庫を整理していると古いアルバムの中から2枚の写真が出て来ました。古いアルバムといってもフエルアルバムなので貼り付けられたのは40~50年前くらいでしょうか。前後に貼ってあった写真から戦時中か戦前のものと思われました。

ゆっくり綺麗に剥がして確認すると裏面に「福岡モリブデン鉱山」の記載がありました。残念ながら撮影日はありません。
21福岡モリブデン鉱山002

坑道の写真の他、もう一枚は…、
足元にレールがあります。左奥には坑口も写っていました。靴のサイズから軌間は500mm以上はありそうです。610mmでしょうか?でもレール自体はかなり細く見えます。
21福岡モリブデン鉱山001

福岡鉱山について調べてみると、鉱山名から福岡県かと思っていましたが岐阜県中津川市にあった鉱山と判明しました。主な産出鉱石はタングステン、マンガン、錫などですが、モリブデンも採掘されていたようです。尚、鉱山は1945年に閉山しています。

現在、鉱山跡には若干の遺構があるようですが、軌道などは残っていないようです。福岡鉱山に軌道が存在した事を示す貴重な写真かも知れません。

■福岡鉱山
岐阜県中津川市福岡町下野
中津川 バ35(下野)→歩5

tag : 鉱山軌道

トロッコ関連記事を探る by情報家S藤

最近、鉄道誌とは全く関係ないところでトロ関連記事を見つけました。

まずは9月27日の東京中日スポーツ。首都圏ではあまり読んでいる人を見かけないスポーツ紙です。

北海道北東部を紹介した旅行系の記事ですが、テーマを「木」で特集しています。その記事の中には、
■丸瀬布いこいの森 雨宮21号(丸瀬布町)
■濁川(渚滑)森林鉄道跡 (滝上町)
■木夢 遊具木製モノレール(西興部村)
などが紹介されていました。

東京中日スポーツ2016.09.27 PDF 3.46MB

一般向け旅行記事にしては「濁川(渚滑)森林鉄道跡」の橋脚写真はマニアック過ぎます!

続いては週刊現代2016.10.22号。中高年男性にはお馴染みの週刊誌です。

■壷川東公園(沖縄県那覇市)

週刊現代2016.10.22号 PDF 1.79MB

シュガートレインと題して保存機の加藤と南大東島のサトウキビ列車の写真が載っています。

この記事を読む一般の方々はどう思っているのでしょうね?ちょっとトロッコ度が高いです。興味のある方は探してみて下さい。(少し重たくなってしまいましたが、一応、スクラップをPDF化しました。)

tag : 森林鉄道 展示 軌道跡 遊覧鉄道

立山カルデラ砂防体験学習会応募の手引きを探る by情報家S藤

先日、永田町の富山県東京事務所に行って、「立山カルデラ砂防体験学習会」の応募の手引きを入手して来ました。

16立山カルデラ砂防体験学習会応募の手引き2016

この手引きをWEB軽探団資料室にて公開しました。

WEB軽探団資料室はブログ右側のWEB軽探団トップページよりお入り下さい。

東京中央郵便局の地下鉄を探る by軽探団

読売新聞2015年8月4日の夕刊に掲載された記事です。

13東京中央郵便局20150804読売夕刊

日本の地下鉄の始まりは東京駅と東京中央郵便局の間に郵便物輸送用に敷設されたトロッコの様な鉄道でした。新聞記事の写真が小さくて見えにくいですが、同じ写真は郵政博物館HPでも確認できます。(下記リンク)

3線あって渡り線もある本格軌道です。リンク式の連結器と小さなバッファがついてますね。

参考:郵政博物館HP資料

屋久島電工を探る from団員H君

団員H君より新聞のスクラップが添付されたメールが届きました。

日刊工業新聞2015.02.27屋久島電工

直接トロッコとは関係ありませんが、屋久島電工のモーターカーも写真が載っていたので軽探団資料室にアップしました。

軽探団資料室 「屋久島電工/日刊工業新聞2015.02.27」

池島の資料を探る by軽探団

WEB軽探団資料室に、池島に関する資料3点をアップしました。

《池島港フェリー乗り場にある案内図》
42池島201501---110

WEB軽探団資料室へはブログ右側の「WEB軽探団トップページ」→「資料室」と進めて下さい。

tag : 鉱山軌道 展示 軌道跡

長崎のパンフレットを探る by軽探団

WEB軽探団資料室に、軍艦島、高島、三菱重工長崎造船所史料館に関するパンフレットをアップしましたのでご活用下さい。

《端島の炭鉱部分跡》
42端島201501---014
※かつて左側の崖下に沿ってトロッコ軌道がありました。右側の橋脚はベルトコンベヤーです。

《高島石炭資料館》
42高島炭鉱資料館201501---011
※高島港より徒歩3分。画面左側に保存車輛があります。

《三菱重工長崎造船所史料館》
42三菱重工長崎造船所史料館201501---025
※展示物にトロッコはありませんが、写真が何点かあります。

WEB軽探団資料室へはブログ右側の「WEB軽探団トップページ」→「資料室」と進めて下さい。

tag : 鉱山軌道 工場軌道

ネタ探団 横濱の瓦礫運搬トロッコを探る

2013.09.10、読売新聞朝刊の横浜版に関東大震災後の瓦礫運搬にトロッコが使われた話が掲載されました。

14瓦礫運搬トロッコ003
読売新聞より修正

新聞によれば、関東大震災後、横浜市がトロッコを市内に整備し、市民が指定された処分場まで瓦礫を運んだことを示す文書はあったが、それを裏付ける写真が見つかったのは初めてだという。

写真は震災当時、横浜に住み、山下町で被災したオーティス・メンチェスター・プール氏の家族より2005年に開港資料館に寄贈されたもので、震災翌年の2,3月頃に撮影されたとみられる。

9月13日まで開港資料館で公開されていて、11日に覗いて来ましたが写真はあまり大きくなく撮影も禁止でしたので新聞に掲載の写真を画像修整、トリミングしてみました。

地図探団 家一郷森林鉄道を探る

宮崎県「日向青島」1977年2月28日発行、5万分の1地形図から抜粋です。記載されている軌道の印は「家一郷森林鉄道」です。「加江田」と言った方が分かり易いでしょうか?起点の丸野の右上の「加」は「加江田川」の「加」です。

地形図 日向青島19770228

この森林軌道を世間に知らしめたのは鉄道ファン誌に掲載された名コーナー「こっそりひっそりめだたずに」でしょう。もう40年くらい前の話しです。当時、既に軌道は撤去されている最中でしたが遊歩道整備の為に軌道を使用している感じでした。

最近でもサイトを検索すると僅かにレールが残された登山道を見る事が出来ます。廃止は1973年12月だそうですです。廃止後約40年。今なおレールが残る森林鉄道跡はそう多くはありません。機会があれば是非探索したい場所のひとつです。

ネタ探団 協三工業を探る

「新聞によりますと、福島県の協三工業で21年ぶりに蒸気機関車が新造された模様です。」

読売新聞2013.01.27
(読売新聞2013.01.26)

読売新聞に協三工業で蒸気機関車が新造された記事が掲載されました。1991年にTDL向けに製造した以来だそうで、発注は栃木県の那珂川清流鉄道保存会。昨年1月から協三工業OBの技術者7人に協力を求め製造開始。完成した機関車は20日に工場内で試運転を行い、27日には一般の人も見学できる完成記念式典も開かれたようです。いや~素晴らしい!

地図探団 東急砂利用軌道を探る

11月の世田谷探索の際、世田谷図書館でみつけた資料の中に「世田谷古地図」なるものがあります。これは1993年に世田谷区企画部都市デザイン室が発行した1万3千分の一の地図です。元になったのは昭和4年(1929年)頃の「田園調布」「溝口」「二子」などの1万分の一地形図です。

「世田谷古地図」には多摩川の対岸の川崎市側も含まれていて、その河岸には「砂利用軌道」と記された軌道の印が描かれています。その軌道の起点となっているのは東横線新丸子から延びた支線の末端で、多摩川の土手に沿って5km以上も延びています。終点は現在の高津区宇奈根、多摩区との区境近くです。

新丸子駅から多摩川の近くまで引込線が延びています。この引込線の終点が砂利の積替施設だったのでしょう。地形図ではここから2つの軌道が延びているのが判ります。ひとつは直接河川敷に延びています。ここも砂利採掘場だったのでしょうか?もうひとつは土手の外側を西北西~北西方向へ延びていますが、3kmチョットの地点で土手の内側に変わります。
東急砂利 新丸子

その先で玉川電気鉄道(現田園都市線)とアンダークロス。更に約1km進んだ地点で終点になります。
東急砂利 二子

終点の対岸は玉電の砧線があって怪しげな支線もあります。玉電は元々砂利目的の路線ですのでココが砂利採取の最前線だったのでしょう。一方川崎市側の砂利用軌道はどうでしょうか?何故新丸子から延々とココまで延びているのでしょう?東京方面へ運ぶのなら玉電で二子橋を渡れば早いと思うのですが…。何か訳がありそうです。
東急砂利 砧

ここで登場するのが情報センターで発見した「東急50年史」である。これには東急の砂利業に関する記述が少しだけあった。それによれば…、

東京横浜電鉄は大正14(1925)年7月27日から砂利業を開始した。当時、関東大震災における東京市、横浜市の復興事業、目蒲線、東横線の新線建設など砂利の需要が高まり砂利業開始の条件が揃っていたのが理由だった。そして神奈川県と東京府から多摩川の砂利層の払下げを受け、機械掘りを行い、貨車によって需要先に供給した。渋谷駅、目黒駅には砂利の積み降ろし場を設けた。しかし東横線の乗客が増加し旅客輸送の比重が高まると昼間の砂利専用貨車の運行が不可能になり自動車輸送に切り替わる。その後、昭和9(1934)年2月13日、内務省により多摩川沿岸の砂利採取が禁止される。その結果砂利が品不足となり価格上昇をもたらした。多摩川採掘禁止となった為、陸掘りに計画変更し昭和10(1935)年3月26日、川崎市新丸子採集場の創業に着手。その新丸子採集場跡が現在の等々力競技場があるあたりである。

上記の事から「砂利用軌道」の運行は1925年~1934年の僅か9年半という事になるが、今のところ、この地図以外に軌道に関する資料は見つかっていない為、軌道に関する詳細は全く不明である。

二子橋付近の現在の様子です。砂利用軌道はアスファルト道路のあたりを通っていたのでしょうか?今となっては全く面影がありませんね。(2012.12.07撮影)
多摩川河川敷 二子新地付近

暇探団 ウルトラQでトロッコを探る

ウルトラマン、ウルトラセブンで育った私にはウルトラQは正直、少し上の世代のテレビ番組で再放送でみたかも知れない…、くらいの記憶しかありません。そのウルトラシリーズの元祖、ウルトラQの第一話は「ゴメスを倒せ!」というタイトルで1966年1月に放送されたそうです。その第一話にトロッコが登場するというので早速チェックしてみました。

第一話のストーリーは、弾丸道路のトンネル工事中に洞窟にぶつかり、そこで謎の怪獣に遭遇、球状の謎の物体が工事用トロッコにより運び出される。その謎を解く鍵は現場から70km離れた金峰山の寺院裏の洞窟で発見されたという絵にあった。謎の怪獣は「ゴメス」、謎の球体は「リトラ」の卵と判明。地上で温められて孵化した「リトラ」と地上に現れた「ゴメス」が工事現場の坑口付近で対決。結局両者共倒れで終結する。
ウルトラQ001


卵が運び出されるシーンに登場するのが実物のトロッコ。日車のUDLと思われる機関車にダンプ鉱車。車体側面には「鉄建」の文字があります。
ウルトラQ002

坑口はこんな感じ。複線の線路が坑内に延びています。
ウルトラQ003

一方、坑口から出た線路はこんな感じです。このカットでは鉱車は4両確認できます。
ウルトラQ004

再び坑口が映るシーンでは上にも坑口があるのが確認できます。
ウルトラQ005

再び反対側のシーン。2つ上のカットと背景の木が同じです。軌道の先にはズリ捨て場になっている感じが見られます。鉱車の土は無くなっていますね。実際の工事現場の軌道が登場するのはここまで。
ウルトラQ006

「ゴメス」が地上に出てからはジオラマになります。現場の様子がどこまで再現されているのかは分かりませんが、軌道には丸太で組まれたズリ捨て場があったのでしょうか?トロッコの模型も中々の出来栄えですね。
ウルトラQ007

坑口前で「ゴメス」が倒れ込んでご臨終のシーン。鉱車の手前に、この場所には似つかわない台車が置いてあるのはご愛嬌。
ウルトラQ008

と、言う事で、この工事トロッコはどこのトロッコだったのでしょう。まあ、兎に角、世の中にマニアはいるもので、ネットで調べると次のような事が分かりました。

「ウルトラQ全記録」では第一話の製作時期は1965年2月~3月だそうです。参考HP

また「ウルトラシリーズロケ地探訪 掲示板過去記事622」では詳細なレポートが掲載。ここでは緻密な現場レポによって遠景に映る山の稜線から「工事現場は中央自動車道の小仏第一トンネル西側付近」、更に地形から判断すると、「掘削中のトンネルは現在の上り線トンネル入口」と断定しています。また、国会図書館にある日本道路公団発行の「中央高速道路工事誌」よると、トンネル掘削を請け負ったのは「鉄建」で、掘削方法もまず底面から掘って上部、側面と坑道を広げていく方法を採用しており、底面坑道には762mm軌条を2線敷と記されているそうで、これは映像に出てくる坑口の構造と完全に合致し、工期も1964年5月~1967年6月で製作期間も合っていると結論付けています。参考HP

中央道の小仏トンネルと言えば何度も車で通った道です。その昔、こんな光景が広がっていて、こんなロケがされていた事など思いもよらぬ事でした。皆さんも次回、小仏トンネルを通る際は、少しウルトラQを思い出して下さいね。但し安全運転でお願いします。

地図探団 住友八戸を探る

古い地形図を元に住友セメント八戸工場専用線跡を探ります。

手元にあるのは2枚の地形図。①2.5万分の1「八戸東部」昭和50年1月30日発行、②5万分の1「階上岳」昭和51年3月30日発行。縮尺が違いますが続きの図幅で、この2枚には既に点線になった専用線が描かれています。ブログでも見やすいように4つに分割しました。

ひとつ目は軌道の起点になる工場の部分。陸奥湊駅から延びる引込線の終点に工場があります。軌道はこの工場から新井田川に沿って南へ延びます。
八戸東部001

国道45号線を潜ると新井田川から離れて更に南へ。「八戸東部」の図幅はここまで。
八戸東部002

「階上岳」の図幅に入ります。再び新井田川に近付くと今度は支流の松館川に沿って進みます。山間部に入ると川は左右に蛇行しますが、同様に軌道も蛇行し始めます。
階上岳001

軌道は松館川左岸に渡り更に南下。再び右岸に戻ると石灰採掘場で軌道が終わっています。工場から採掘場までは直線距離で約6kmというところでしょうか?
階上岳002

現在、軌道跡がどうなっているか?詳しくは分かりませんが、一部は一般道になっている所もあるようです。沿線にはかつての車輌も保存されていますので是非探索してみたいですね。

ネタ探団 横浜都市発展記念館を探る

2012.09.11横浜市第二合同庁舎で横須賀港の海図を見たあと、みなとみらい線を一駅分歩いて横浜都市発展記念館に行ってみました。
横浜都市発展記念館入場券

入館料200円を払いエレベーターに乗って4階へ。フロアーはあまり広くありません。いつものようにトロネタを中心に展示物を見て回ります。市電に関するネタはソコソコありますが、トロネタは…。

それでも何とか発見しました。鶴見にあった遊園地、花月園のコーナーがあってそこには園内に走っていた「豆汽車」と呼ばれた蒸気機関車の写真とヒルウェイターと呼ばれたケーブルカー。ヒルウェイターは軌間は広めですが造りが軽便でいい感じ。館内は写真撮影禁止でしたので展示物の写真はありません・・・、ではレポートになりませんので…。

一通り探索した後、1階にある売店を物色。市電関連のグッズを数点購入して出ると記念館発行の書籍が閲覧できるスペースで本をペラペラ。すると…、『目で見る「都市横浜」のあゆみ』という本に展示物と同じ写真が掲載されていました。それがこれです。
花月園 豆汽車

豆汽車は本格的な軽便蒸気ですね。形状も雨宮風です。

花月園 ヒルウェイター

花月園 絵地図

花月園はその後遊園地から競輪場になり現在は閉園しています。豆汽車の走っていたあたりはバンクになって痕跡はないでしょうが、ヒルウェイターは斜面に何かあるかも知れません。機会があれば絵地図を元に現地探索してみたいと思っています。

目で見る「都市横浜」のあゆみ 横浜都市発展記念館発行 1300円

横浜都市発展記念館 045-663-2424
所在地:横浜市中区日本大通12 交通:日本大通り駅3番出口 歩すぐ
開館:9:30~17:00(入館は16:30まで)・月曜日休館

暇探団 キイハンターで尾小屋鉄道を探る

キイハンターと聞いて懐かしいと思う人は私と同年代か少し上の方である。昭和40年代にテレビ放映された千葉真一主演のアクション系ドラマだ。

その第161話と第162話は尾小屋鉄道で撮影された事は軽便ファンの間では良く知られている。放映の一部がYouTubeでも見る事ができるが、DVDがレンタルされていると知り、レンタルビデオ店を探してみた。しかし何軒か回ったが見つからず、結局、最近になって宅配レンタルで借りられる事が発覚。すぐに申し込んでみたのだった。

第161話は『荒野の列車大襲撃作戦』のタイトルで1971年5月1日、第162話は『蒸気機関車大渓谷の決戦』で翌週の8日に放映された。あらすじは国際警察が逮捕したテロリストと人質に捕られた仲間の引き換えのために廃鉱になった尾小屋を目指し、大激闘の末小松市内に戻るというもの。内容は強引で無理のある展開であるが当時としては結構真剣に見ていたのかも知れない。

尾小屋鉄道のシーンはこのカットから始まる。尾小屋鉄道の新小松駅だ。
キイハンター尾小屋鉄道001

そしてロケ用に仕立てた列車がコレ。当時、運行はディゼルカーが主流で5号機は休車状態だったが久しぶりに火を入れたという。
キイハンター尾小屋鉄道002

新小松駅構内の様子はこんな感じ。模型にしたくなるような光景です。
キイハンター尾小屋鉄道003

続いて走行シーン。機関車の後方に客車を3両、貨車を2両連結した混合列車です。上空に鉱石運搬用の索道を映し込んでいるあたりが憎いですね。
キイハンター尾小屋鉄道004

列車は途中で切り離されて機関車と客車が1両になって尾小屋に到着します。
キイハンター尾小屋鉄道005

尾小屋鉱山の様子。現在では緑に覆われているそうですが、当時はまさに荒野ですね。
キイハンター尾小屋鉄道006 キイハンター尾小屋鉄道007

尾小屋鉱山での死闘の末、追われながらも尾小屋鉄道に乗り込むシーン。客車の下を機関車のキャブ下まで進んで機関車を発進させます。
キイハンター尾小屋鉄道008

尾小屋から小松に向けて発車した列車。アレレ?下り列車と全く同じ編成。撮影は片道で行ったのでしょうか?
キイハンター尾小屋鉄道009

編成は有蓋貨車ワフ3+車番不明の無蓋貨車+客車ハフ2+ハフ1+ホハフ3+5号機です。
キイハンター尾小屋鉄道010

暫く走行しながらの格闘シーンが続きます。
キイハンター尾小屋鉄道011

キイハンター尾小屋鉄道012

キイハンター尾小屋鉄道013

列車のシーン終盤は屋根上での格闘。千葉真一の相手は天地茂です。スタントマンなしでやってます。
キイハンター尾小屋鉄道014

キイハンター尾小屋鉄道015

この後、列車を急停車させてジープに乗り換えて列車シーンは終了します。走行シーンは似たようなアングルが多く使いまわし映像もあります。他にも新小松駅構内、尾小屋駅構内、倉谷口隧道など施設も見られ、当時の尾小屋鉄道周辺の様子も窺い知ることができ、貴重な記録にもなっていると思います。

ドラマの中では何たってジープでも追いつかない列車に、千葉真一が山道を走って追いついてしまうのにはビックリです。結構笑えますので是非ご覧になって下さい。

尚、尾小屋鉄道のロケは1971年4月3日リハーサル、翌4日に撮影だそうです。

《参考HP》
高田三郎氏『過去の旅 キイハンターの日』
小松市のマニアック情報 『小松市を舞台にしたドラマ キーハンター』

地図探団 小口川を探る

人知れず山奥に湧き出す温泉を「秘湯」と呼ぶなら、この軌道は真に「秘トロ」!トロマニアならご存知、富山県の常願寺川支流の小口川にある水口建設の資材運搬用軌道です。最寄駅は水力発電所のマークのほぼ真北約3.3kmにある地鉄の有峰口になりますが、実際の道路は川に沿って迂回して蛇行しているため5kmくらいでしょうか。

この地図は5万分の1地形図「五百石」昭和45年編集、昭和52年修正、昭和54年3月30日発行です。購入した目的は立山砂防軌道を探る為に高校生の時に入手しました。

小口川

で、地形図を見ていたら別の場所に偶然軌道の印が記載されているのを見つけたのです。それがこの軌道。最初は「何じゃこりゃ?」って感じでしたが、すぐに「過去の軌道だろうな…、多分もう無いだろうな…」と思うようになりました。「それにしても謎の軌道だ!」

当時は情報が少ない時代でしたので地形図に記載されていながらも、謎の軌道は印と「資材運搬軌道」の記載以外の情報は皆無でした。しかし、意外にもこの謎はすぐに解けたのです。

それは「知られざるナローたち」のレポートでした。軌道や車輌の写真を見てもやっぱり「何じゃこりゃ!」でした。

地形図では林道から軌道の起点までのアクセスは索道で道路がありません。どうやって接近するのか?高低差も結構あります。

後になって、この軌道部を含む2万5千分の1地形図「小見」を入手しました。それには索道と軌道の印がなく、幅1.5メートル未満の道路の印になっていました。これは完全撤去か?しかしその後も時々存在が確認される不思議な軌道です。今現在、軌道はどうなっているのか?場所が場所だけに訪問者も少ないようで現状は不明です。

情報が氾濫している現代でも未だに謎の多い軌道。水口建設小口川資材運搬軌道は秘トロ中の秘トロです。

ネタ探団 アンテナショップを探る

梅雨の晴れ間に東京散歩です。しかし歩くだけでは勿体無いので何かトロネタでも…。

まずはアキバへ。電気街で買い物の後「トレニアート」へ行ってみました。
トレニアート

トロネタはありませんでしたが、レターセットとメモを購入しました。
レターセット他

エスカレーターで上に上がってそのまま改札口へ。構内の立喰いそばやで昼食。ガッツリとカツ丼!(味はイマイチでしたが…)
カツ丼

山手線で一駅、神田へ。南口から日本橋三越前にある島根県のアンテナショップまで歩いてみます。日差しを避けてビルの影を伝って約10分で到着。ここは初めてでしたが物産の奥に観光案内ゾーンもあります。島根と言えばとりあえず石見銀山。パンフレットを探していると…、おや?「久喜・大林銀山跡」のパンフレットにトロッコが!これはいいネタを仕入れました!
久喜大林銀山跡

店を出て東京駅まで歩きます。次はお馴染み有楽町の交通会館へ。香川県・徳島県、秋田県、長野県、富山県、和歌山県など一気にハシゴ。長野県では「赤沢森林鉄道」、富山県では「黒部ルート見学会のご案内」を入手しました。
黒部ルート見学会2012

最後は地元に戻り本屋に寄って遅ればせながら「jtrain」「とれいん」と夏向けの「時刻表」を購入して帰宅です。すると夕飯は肉でした。トロッコビールの肴にチョット高いウインナー…、って今日は肉ばっかやんかっ!
トロッコビール

軽探団資料室 首都高横浜環状北線を探る

WEB軽探団資料室にて地元横浜で工事中の首都高横浜環状北線の広報誌「きたせん」の最新号vol.30をアップしました。地下で働くトロッコの様子が見られます。どうぞご覧下さい。

昨日アップした黒部峡谷鉄道の案内冊子より高圧縮のPDFで保存し、ダウンロード時間の短縮を図っています。若干画質が落ちますがご理解下さい。

資料室へはWEB軽探団トップページの「資料室」をクリックしてお入り下さい。

ネタ探団 アンテナショップを探る

本日、電車に乗ってカミさん同伴で銀座方面へ出掛けました。目的は岩手県、富山県、北海道のアンテナショップ巡りです。さてさて、何かトロッコネタはないかなあ~?

山手線の有楽町で下車。数寄屋橋交差点から東銀座方面へ歩きます。チャンスセンターでは宝くじの1番窓口に長蛇の列。最後尾に「1時間待ち」のプラカード。宝くじは買いますが行列は大嫌いなので私には無理。本日大安吉日だそうです。列を横目にさっさと目的地へ向かって歩きます。最初の店は岩手県出店の「いわて銀河プラザ」です。店内を冷やかすと汽車の形の文鎮。機関車の向きが逆なのがいい感じです。997円の値段もチョットそそられるお手頃価格ですが、今日はやめておきましょう。パフレットを何冊か貰って大好きなコーヒー牛乳を2種類購入して次へ。
汽車文鎮

カミさんのリクエストで松屋に寄ってガトーフェスタハラダのラスクをお土産に。そのまま地下へ出て、地下鉄の銀座駅改札から地上へ出て再び数寄屋橋方面へ戻ります。ふと見上げるとご存知天賞堂。定休日でしたが入口には機関車のオブジェがあります。これまたいい感じ…。
銀座天賞堂

数寄屋橋交差点から映画館の間をすり抜けて交通会館へ。北海道出店の「どさんこプラザ」に丸瀬布雨宮のポスターが貼ってあります。本日3台目の蒸気機関車です確か丸瀬布に行ったの高2の夏、懐かしいなあ~。
丸瀬布のポスター

地下へ降りて富山県の「いきいき富山館」近くの事務所前でパンフレットを物色。残念ながら「立山」と「関西電力」の見学案内がありません。とりあえず黒部峡谷鉄道の冊子だけ貰ってきました。
黒部峡谷鉄道 案内冊子2012年度版

時計を見ると昼を過ぎています。ランチ(今日の表現は昼飯ではありません)にしましょう横断歩道を渡った所にあるMUJI(無印良品)へ。9割が女性客の中、やや少なめのヘルシーランチを食べて大きな収穫はなく有楽町を後にしました。
無印良品のランチ

というわけで、本日ゲットした黒部峡谷鉄道の案内冊子2012年度版をWEB軽探団資料室にアップしました

いわて銀河プラザ 中央区銀座5-15-1
いきいき富山館 千代田区有楽町2-10-1交通会館B1F
どさんこプラザ 千代田区有楽町2-10-1交通会館1F

ネタ探団 写真集『昭和の横浜』を探る

地元の図書館にて

先日から花粉症の症状が出始めたので本日、耳鼻科に行ってみましたが、待ち時間が1時間半くらいあったので、診療所を抜け出して近くの図書館で時間をつぶしました。図書館でまず確認するのは郷土資料のコーナーです。地元の会社案内や社史、工場内の写真や図、昔の工事風景など意外とトロッコ系ネタが出てきます。

目にとまったのは『写真集 昭和の横浜』という写真集でした。ペラペラとページをめくると横浜の古いモノクロ写真がたくさん掲載されています。文章がほとんどありませんので楽です。一気に見終わってしましましたが、気になる写真が2枚。貸出し禁止図書でしたのでコピー機で複写して持ち帰りました。で、一枚目がこれ。
野毛山遊園地
[1960年4月17日 広報課写真資料]

野毛山遊園地の豆電車だそうです。機関車の全体像がよく判りませんが何となくカッコいい感じです。路面電車のようにビューゲルを載せてますが、安全面を考慮してか高めの所に架線が張ってあります。説明文によれば、1951年9月9日に「お猿の電車」としてスタートしたとありますが、この写真に猿の姿は見えません。向ヶ丘遊園もそうでしたが、昔の遊園地は意外と本格的な鉄道遊具が存在したようですね。

もう一枚はこちら。
横浜船渠造船台
[1929年6月9日 横浜船渠株式会社写真帖]

現在のみなとみらい地区にあった横浜船渠造船台という施設のようです。縦横無尽に敷設された線路が印象的ですが、写真の右下にある小さめのクレーンの足元には線路幅が狭いトロッコ軌道と思われる線路が2本あります。トロッコは見当たりませんが軌間はメインの2/3から1/2くらいに見えます。

『写真集 昭和の横浜』 横浜市史資料室 2009.06.02発行 本体価格1905円

ネタ探団 田浦を探る

先日、京急川崎駅に置いてあった沿線の散歩案内のパンフレットを何種類か家に持って帰って開いてみると…、
京急のパンフレット 田浦

田浦の案内の中に面白いのを発見しました。
海軍施設の配置図

何とWEB軽探団でも取り上げている、ガントリークレーンと急カーブが特徴の軌道跡、長浦港の旧海軍工廠造兵部の昭和20年当時の施設配置図が載っているのです。その図には建物と軌道の位置がハッキリと!(スキャンすると少し見づらいので軌道を赤く塗りました)残存する護岸沿いの他にも軌道があったことが良くわかります。残念ながら当時の建物は大部分が取り壊されて軌道も撤去されてしまいましたが、残存する分岐部の先がどうなっていたのかが分かります。また道路を挟んで西側の現在東芝系の施設になっている部分まで軌道が延びていたことも…。まあ、京急のパンフレットに掲載されるほどですから地元の図書館あたりを探ってみると手掛かりが見つかるかもしれませんね。

その他に相模運輸倉庫の引込線跡の記述もありました。一般向けの散歩案内にしてはマニアック!
田浦の引込線01

田浦の引込線02

尚、旧海軍工廠造兵部の説明は…、
「船越町の東芝ライテック㈱横須賀工場周辺は、明治19年(1886)から昭和20年(1945)まで旧海軍工廠造兵部が置かれ、昭和10年代には3万人を超える職工が働いていました。現在の工場の敷地内には、明治19年に造られたれんが造りの旧鍛錬工場事務所をはじめ、大正2年(1913)に竣工し、関東大震災でも崩壊しなかった旧造兵部本館、機銃工場(1934)、発電工場(1929)など、旧海軍の建物が数多く残され、現在も利用されています。敷地内に入ることはできませんが、道沿いから見ることができます。工場の壁に沿って長浦港への道を進むと、旧機械工場などの建物と大正12年(1923)の関東大震災前に作られたとされるガントリークレーンが見えます。」

旧海軍施設の軌道についての記述はありませんが、軌道の配線を見ればタダならぬ軌道であることは明白です。一体どんな車輌たちが行き来していたのか?興味は尽きませんね。

地図探団 中野島付近を探る

JR南武線中野島付近の古い地形図の写しと、ほぼ同じ図幅をヤフーマップで印刷したものです。

古い地形図は「昭30応修」と記されています。「昭和30年に応急的に修正した」といういみでしょうか?中野島駅近くから多摩川の河川敷に向けて軌道があります。一見、南武線の途中から枝分かれしているように見えますが、南武線の支線ではありません。軌道の始点は旧中野島駅があった場所で、軌道は砂利採取のトロッコ軌道と推測されます。
中野島付近の地図 1955応修

中野島付近の地図 Yahoo2012.03.09印刷
Yahoo地図から転載

1990年代前半に多摩川のサイクリングロードを走ったことがあります。その当時、古い地形図でトロッコ軌道が土手を越えるところの道路の南側には土建業者の建材置場があってダンプカーなどが停まっていました。今ではマンションになってしまっているようですが、恐らくトロッコ軌道に関連する会社のだったのではないでしょうか?

現在の地図と古い地形図を単純に重ね合わせると小田急線、世田谷通り(多摩川水道橋)、府中街道(地図左下の斜めの道路)、中野島駅はほぼ合いますが多摩川の土手の曲線、南武線の曲がり具合が微妙にズレてしまいます。トロッコ軌道もカリタス学園の中を通ってしまいますが、カリタスの南側に沿った道路と古い地形図での水路の形状が酷似しているため、現在の道路は水路の位置に造られたのではないか?と推測し、修正を加え、旧中野島駅西側の踏切と合わせると軌道はカリタスの西側を通る形になりました。

10年~20年前頃は旧中野島駅とカリタス学園の間は畑と空き地が広がっていましたが、現在では住宅が多くなりました。で、地図では軌道跡がハッキリしませんが、航空写真に切替えてみると何となく旧中野島駅から元建材置場のマンションまで軌道と同じような曲線を描いているように見えるのは気のせいでしょうか?

この軌道に関しては全く資料がありません。一体どんな軌道だったのでしょうか?引続き調査が必要です。

尚、狛江高校の北側には砂利穴と思われる記載があります。狛江高校のある所に砂利が積まれていたのは間違いなさそうですが、軌道については無さそうに感じますね。

地図探団 根羽沢鉱山(群馬県)

根羽沢鉱山(群馬県利根郡片品村)

2万5千分の1地形図「三平峠」に軌道の印を発見しました。場所は尾瀬への入口、大清水小屋から東へ約2kmの所です。地図上の道路を左へ進むと大清水小屋になります。道は一本道なので迷う心配はありません。東へ延びる点線は県境を越えて栃木県の鬼怒沼へ続く登山道です。

私はまだ現地へ赴いてはいません。WEBで検索すると廃線跡に少しレールが残っているようです。

根羽沢鉱山

尾瀬の開山期は車は入れないようですが、WEBでは鉱山に入口まで車で入っているものもありました。(10月の訪問のようでした)軌道終点はズリ捨場になっていて鉱山施設跡が明確に判るようです。

最新の地形図では鉱山、軌道、温泉の印は記載されていませんが、道の印はそのままです。

根羽沢鉱山の詳細は良く判りません。昭和40年代閉山と記されていたり、1961年(昭和36年)閉山と記されていたりと、鉱山時代の実態が掴めませんが、鉱石採集マニアには結構人気なようで、そちら系のサイトではヒットしますので参考になります。尚、夏場には熊出没情報もありますので注意して下さい。

■2万5千分の1地形図「三平峠」
昭和47年測量 昭和53年修正測量 昭和54年10月30日発行

ネタ探団 西武是政界隈

こんなの見つけました

先日、仕事で府中市のとある施設(非公開)を訪れた時、施設内に是政付近の写真が展示されていて、その中の1枚にこんなのがありました。で、チョット失敬して…
西武 是政界隈

写真には説明文がありませんでした。かつての砂利採取の様子を空から写したものです。さてどのあたりでしょうか?良くみると撮影時期が判りませんが、写真の上部は競艇場のようでした。とすると、斜めに横切っている鉄道は西武多摩川線で左下の延長が是政駅、右上の延長が競艇場前駅ということになりまね。現在空き地になっている画面下側の多摩川線横のスペースには側線があって無蓋車が留置してあります。

本線から道路を挟んだ向こう側にも側線が延びています。現在、西武運輸の倉庫が建っているあたりになりますか?途中に砂利の積み込み施設があって更にその先に線路らしき細い線、水上にはなにやらナベトロを載せた台船のようなものが浮いています。少し拡大してみますと…、
西武 是政界隈拡大
お~~、完全にナベトロではあ~~りませんか!

上の写真ではナベトロを載せた台船がもう1隻あって、画面左側に底から砂利をすくい上げる浚渫作業船が浮いています。そこで砂利を台船のナベトロに入れて桟橋まで運び、そこから軌道を使って砂利の積み込み施設で多摩川線の貨車に積み替えるといった手順がナベトロ台船の向きからも読み取れます。しかし桟橋から砂利の積み込み施設までの輸送手段がハッキリしません。不鮮明でナベトロの他に機関車などは写真からは確認できませんが、この界隈には加藤のDLなども多数いましたし……。まあ、見ているだけでもゾクゾクする写真でした。

年代は違いますが、1980年代後半から1990年代前半頃、是政あたりを歩きました。その時、是政駅近くから競艇場方向へ分岐する線路の跡を発見しました。古い写真の左端あたりの位置になります。写真中央のアスファルトの切れ目とガードレールの間からセンターラインの少し先までレールがありました。
是政付近分岐跡

是政付近分岐跡 接近



本探団 ニチユ製品案内

だいぶ前に頂いたものです。(確かモデルW君だったか?…、誰じゃそれ!)ご存知「ニチユ」こと日本輸送機㈱の製品案内です。A4サイズで18ページのボリューム。ページを捲ると半分はフォークリフト系の内容で、次に倉庫内搬送システム系、最後の最後で重量物搬送システム系でようやく1ページだけ「鉄」が登場しました。
ニチユカタログ表紙

2種類のバッテリーロコが載っています。ひとつは急勾配用の機関車でレールの間にラックがあります。軌間は2フィート半か3フィートくらいでしょうか?もうひとつはサブロクのスイッチャーです。
ニチユカタログ01

次に自走台車(軌道式)が登場します。何処の製鋼所でしょうか?長いボギー台車に鋼材が積んであります。「自走台車」なんで、当然、自走するんでしょうね。どうやって操作するのか判りませんが…。
ニチユカタログ02

製品案内の〆は鉄道メンテナンス車両です。「新都市交通システム用工作車」「地下鉄用検測車」で何処かの跨座式モノレールと福岡市交通局の車両が載っています。
ニチユカタログ03

この製品案内は1997年4月のものでした。今では「鉄」系は少なくなっているかも知れませんが、やはりニチユと言えばトロッコ界ではそれなりのブランドですので、もっと製品を世の中に送り出して欲しいですね。

で、最後にひとつ。急勾配用の機関車の写真は何処で撮影されたのでしょうか?屋外ですが工場内の実験線のように見えます。気になったので調べてみました。この製品案内に記されているニチユの事業所は京都府長岡京市と滋賀県近江八幡市(製品案内発行当時は蒲生郡安土町)の2箇所です。ここを航空写真で見てみました。すると滋賀事業所の敷地の東端にそれらしき白く細長いモノが確認できました。恐らくそれで間違いないと思います。新幹線の線路のすぐ近くなのでもしかしたら車窓から見えるのかも知れません。下り列車の進行方向左側です。(私いつも右側の席を取るので判りませんでした)今度、新幹線に乗る時はA席を押さえましょう。

※製品案内の中から鉄道系の製品だけ抜粋しました。

本社・京都事業所 京都府長岡京市東神2-1-1
 滋賀事業所 滋賀県近江八幡市安土町西老蘇沢田8-1

地図探団 地形図 赤平周辺

1975年発行の地形図、5万分の1「赤平」です。当時、何が目的だったのか赤と青の色をつけました。

団員H君のレポートに登場した立坑は、自走枠工場はで記しました。
地形図 赤平 1975年

私が1980年に訪問し写真を撮ったのはの地点です。地形図では軌道は道路の所で切れてますが、実際には道路を横切っていました。背後にボタ山に延びるインクラインがあるのが確認できます。

その後、『知られざるナローたち』で発表された記事もあたりの写真ですが、背後には立坑も写し込んでいて、構内配置が判ります。

地形図上で赤平駅裏手に広がる赤間炭礦と右上に延びる軌道は1980年当時既にありませんでした。ネットで調べてみると、1973年閉山だそうで閉山後7年が経過していたことになります。

住友赤平も1994年に廃坑。その跡地は団員H君のレポートでお判りのように一部他の企業が保有管理しており廃坑当時の姿を保っていますが、このような保存施設は景気に左右されやすく維持費がかさめばいつ取り壊せれるか…。機会があれば見学に行きたいですね。

謎の郵便物

 2011.08.20 帰宅すると謎の郵便物が!
謎の郵便物

恐る恐る開封してみると…、
中身
出てきたのは、串木野金山蔵、別子マイントピア、東予地区産業観光マップ、ひたちなか海浜鉄道などのパンフに屋久島、北海道、串木野などの写真を収めたDVD-RAM、土佐電をデザインした土佐せんべいでした

で、土電せんべいの袋を良く見てみると…、
やっぱりこれか
やっぱり、「ごめん」「いいの」でした

H君、どうもありがとうございました

本探団 別子鉱山写真帖(復刻版)

読売新聞(2011.06.08)で紹介されてました。「別子鉱山写真帖」です。

記事によりますと、1898年に別子鉱山関連施設を撮影した写真帖(別子銅山記念館・住友史料館所蔵)で、精錬所、鉱山住宅、臨海部の工場のほか、鉱山鉄道の写真を含む36枚が収められているものを復刻したそうです。

別子鉱山写真帖(読売新聞記事)

復刻の際、写真を鮮明化。写真帖は非売品だが国会図書館や都道府県立図書館で閲覧が可能です。

ネタ探団 記憶遺産?

読売新聞夕刊(2011.05.26)の記事です。ニュースなどでも報道されましたのでご存知の方も多いのでは?新聞には田川市石炭・歴史博物館が所蔵している絵が掲載されています。筑豊の炭鉱での労働作業などが良く判る水彩画だそうです。下の絵には坑道内の木製箱トロが描かれてますね。

「田川市石炭・歴史博物館」とは旧「田川市石炭資料館」のようです。石炭資料館には行ったことがありますが、実車ばかり見ていたので記録画の展示物は良くみていませんでした。

読売夕刊2011.05.26筑豊の記録画

それにしても世界遺産と言えば自然遺産や文化遺産などは聞いたことがありましたが記憶遺産というは知りませんでした。記事によれば登録された絵画は585点あるとのことなので、他にもトロッコが描かれたものがありそうです。

トロッコ巡りをしていると、どうしても短い時間でたくさん回ろうとしますので、1箇所に費やす滞在時間が少なく、博物館など行ってもつい早周りしてしまい、チェックが甘くなりがちです。少しゆっくりと見るように心掛けたいものです。

また筑豊へ行くことがあったら、今度はじっくり見てみましょう。

田川市石炭・歴史博物館 HP
所在地 福岡県田川市大字伊田2734番地1  0947-44-5745

プロフィール

情報家S藤

Author:情報家S藤
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

軽探団メンバー
写真右から
団長
情報家S藤
Tちゃん
団員H君

神奈川県出身?

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

E-mail

keitandan@live.jp

軽探団団員心得
●その1
 「ゲリラトロッコ探索ごっこ軍団」は長いので『軽探団』と略す。間違っても『ゲリ便団』と言ってはならない。
●その2
 乗れるトロッコにはとりあえず乗る。
●その3
 軽探団は常に新しいトロッコ情報の収集に努める。
●その4
 レポートは軽探団の個人的な好みを基本にする。
●その5
 広軌や標準軌を無視してはいけない。
●その6
 無断立入禁止の所では、「ごめん下さい、どなたですか?軽探団がやって参りました、まあ遠いとこ良く来たねえ…お入りください、ありがとう」と断ってから入る。
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 22鎌田屋商店

《2016.01.01》
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《2014.07.01》
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《2013.09.10》
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主にPDFにて保存してありますが、サイズがやや大きいものがあります。
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《2012.01.03》
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《2011.09.09》
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《2011.09.05》
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・今月いっぱい、タイトル、カテゴリなどが変更になる場合があります。ご了承下さい。(記事を変更する予定はありません)

《2011.07.20》
●WEB軽探団のトップページを若干変更しました

《2011.01.07》
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